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アクティブラーニング&ICT最前線

ー21世紀型授業づくりへの挑戦。あと読書。ー

iPadを使った実践の幕間 その1

2014年度実践記録

1学期の授業を終え、レンタルしていたiPadたちが帰っていきました。

(大変お世話になりましたm(_ _)m)

 

そして試験後、iPadなしの初の授業。

 

一番思ったことは、

プリントの印刷・配布が面倒、

ということです笑

 

生徒もきっと共感してくれたかと思いますが、

iPadがないとこういうことになるんですよねー」

と言いつつ5枚6枚のプリントを配布。

 

試験の解答解説なので、省くこともできず、

かと言って保管しておいて何度も見返すものでもなく。

(データでも共有しているのでなおさら)

 

 

iPadの可能性を期待する人たちからは、

「そんな部分はiPad導入の本質ではない」

と怒られてしまうかもしれませんが、

しかし飾らない本当の気持ちです。

 

データでやり取り出来る(選択肢として)、

というのはやはり便利です。

 

それはきっと紙文化が根強く残る学校や会社にいる人なら分かるはず。

 

もちろん紙の方が良い場面もあります。

100%データにすると、それはそれで不便もあるでしょう。

しかし紙でない方が良い場面や、紙でなくても良い場面も多くあります。

 

印刷せず、共有フォルダに入れるだけ、という作業のいかに楽なことか。

 

修正があって、印刷した分を全部破棄、なんて事もなく。

 

 

なお、いわゆる「エコ」かどうかは、専門家ではないので分かりませんが。

 

電子機器を作る過程の方が環境を破壊している可能性もありますし、

コスト的にも、長い目で見ても紙代やインク代を回収できない可能性もありますし。

 

しかし時間や気持ちの面でのコストは間違いなく軽くなります。

 

 

 

そして似たような観点で、これはタブレットに限らずですが、

ICTによって授業中の板書が減る、という点も大きいです。

 

書く時間が減るということは、

その分だけ、解説を広げたり、活動の時間を取ったりできる、ということ。

 

併せて生徒にも何らかの手段(プリントやデータ)で板書内容を共有すれば、

ノートを取る手間や時間を軽減でき、

解説を半分聞き流して手を動かす必要もなくなり、

内容を理解したり頭を働かせたりすることに専念できます。

 

授業の主目的である部分に、より焦点と時間をあてることが出来ます。

 

もちろんノート作成を通じて学習の方法を身につける、とか、

板書を始めることで授業の雰囲気へのスムーズな移行をする、とか、

板書のメリットはあったと思いますが、

(そしてICTで板書を省くのはあくまで選択肢なので、無くなるわけではなく)

 

しかしそれらの効果は他の手段や他の場面で代替できてしまうのでは、

とも思います。

 

当然、先生のスタイルを無理に崩してまで、とは言いませんが。

 

 

とりあえずiPadがなくなって、そんなことを改めて感じています。

 

なくなって気付くことって結構ありますよね。

 

そして「iPadがなくなる」という状況は意外とレアじゃないかと思うのです。

iPadを導入した学校だと、基本的には後戻りしないと思うので・・・

 

 

ということで、まとめる時間があれば、

1学期の振り返りをしつつ、ある場合とない場合との比較も、

実践記録の1つとして述べていけたらと思います。